LADYISM

書く練習

不安定を求めて歩く

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ヒールのある靴を履くと身体の内側がまっすぐ整う気がする。

その状態をキープしたまま、頭を上下させずに平行移動で歩く。階段を下る時も頭を上下させない。これはなかなかキツい。

キツいが、ガラスに映ったスッと歩く自分の姿を見るのは悪いものではない。

キツいことを我慢して良かった、とすら思える。

 

これは履物だけの話ではなく、日常生活全般に言えることで、あえて時々不安定な状態に自分を置くのも必要なのかもしれない。

(ただし、夢を描けない苦痛な場所で自ら不安定になる必要はない。例えば私であれば、ヒールを履いて美しく歩きたいので多少の不安定さは耐えられるものだから。無理をするという意味ではない。)

 

スニーカーを履いて地面をしっかり感じて歩くのも確かに素晴らしいが、針金の上をヤジロベエみたいにバランスを取りながら歩くのも精神が「キッ」っとなって気持ちがいい。

 

そうして思いがけず、心の大切なところに〈筋力〉がついたりすれば、儲けものです。

LADYISMって

もうどこかにいっちゃった、昔書こうとしたブログの題名も《LADYISM》だった。

 

レディズムという言葉は雑誌出版社にお勤めのお友達と話してて、たまたま彼女が口にした単語で。

 ダンディズムは聴き慣れていたけど、レディズムは聞いたことがなくて、今でもお気に入りなので、名刺の裏に書いています。

 

私は、 どんな人も内側に男と女を独自のバランスで持っていると思っていて、そのこと自体に名前やカテゴリーなんてない。

LGBTは最近よく聞くし、おなべにおかまにニューハーフに女装子に男の娘に…その他はごめんなさいあまりよく知らないのだけれど…

 

けれどあえて、それらの型に自分で自分を押し込むより、自分がどんな人かどうなりたい人かって、最終的には自分が1番よく知っているなと思っています。

 

個人的に目標というか、美しいと感じるのは淑女(レディ)で、そのことをできるだけ意識していようと思って、だから《LADYISM》

 

自分なりの《ism=主義》を持ち続けようと思っている、それだけ。笑

言葉がつながらないから

ブログをきちんと書こうと思ってしばらく経った。

自分の好きなページにしたくてWordpressで作ったりもしたけど、HTMLに疲れて書くまでに至らない。

 

ブログプラットフォームにのそのそ這い出て登録までは完了するんだけど、そもそも書きたいことがないなら登録なんてしない方がいいのに。

『書きたいことがたくさんあるから登録する』のはとても健全な動機で羨ましい。

 

思いついたことをすぐに口にしたくなる性格なので、ツイッターは私にとても合っているし、好きです。

 でも、一年が過ぎるごとに自分の語彙力や伝える力が低下していることに気付いてしまった。

 

 『意味が分からない』

私がよく人から言われる言葉で且つ、結構悲しくなる言葉です。

自分の頭の中では組み立っていて筋が通っていると判断しているにもかかわらず、それが他人に伝わらないことがあまりにも多過ぎる。

『伝われよー!なんで分からないんだよばかー!』って言っちゃうのは簡単だけど、九厘九分落ち度があるのは自分だし、どうやったら伝わるかを考えていた方がストレスもない。

 

外から見て意味の通った文を自分の中で組み立てたくなって、ようやっとブログをきちんと書こうと思った。

 

 (かっこつけはいつか化けの皮が剥がれるので)

かっこつけのブログはやめて、意味の繋がった長めの文章を書く練習をする、人前で。