LADYISM

書く練習

被害者⇄加害者

最近、よく考えるのは、

強く生きるための自信や自己肯定感、自分は正しいという傲慢さで、周りの人を傷付けているかもしれないということ。

 

ずっと被害者顔をして生きてきたのだと思う。

自分は他の人とは違うから特別なんだと、甘やかされるべき存在なのだと思って生きてきたのだろう。

 

自分が加害者側にたつかもしれない可能性を全く考えなかった。

時折他人から向けられる恐れや、苛立ちに対して、なんで自分が疎まれなくてはいけないのだろうと不思議に思っていたし、それに対してこちら側が苛立ちを覚えていた。

 

でも相手からの信号が、苛立ちや恐れなのだとしたら原因は対面している私にあるということになる。(相手が不機嫌の時もあるけど)

 

コミュニケーションをとる上で、弱者と強者の立場はいとも簡単に変わる。

最初は1人で主張していて(弱者)も、賛成する人が増えると強者になる。

強者になったからといって、今まで自分を否定してきた人(はもはや弱者である)を糾弾し仲間外れにし袋叩きにしていいのだろうか。

強者と弱者の関係は上記の例だけではない。いろんな状況で、弱者は強者になりうるし、強者は弱者になりうる。

 

その可能性を踏まえた上でお互いの主張や立場を考えながらコミュニケーションを取らねばと強く思う。